子供の頃に聞いた話。うろ覚えなのだがキリスト教の話かもしれない。ある町で疫病が流行った。沢山の人が亡くなっていく。そこへある男が現れて「私がこの町を救おう」と疫病を止めた。感謝した町のものは皆お礼に何かしたいと言った。男は「では、この皮袋にコップ一杯ずつワインを入れてくれ」と言った。町の人全員が入れ終わった。皮袋の中は水だった。町は滅びたというお話し。
録画してあった番組、名古屋の老舗デパートが閉店する最後の三日間を追ったドキュメンタリーを見てふと思い出した。無くなることを惜しむ人が殺到していた。人は勝手だなと思う。自分もですけど。
石倉の腰かけ不動尊のお祭りでした。お祭りといっても私がお不動さんに感謝と加護を祈るだけで、参拝者も今ではうちの役員さんしか来ないのですが、今年は毎日暑さがニュースになるほどの酷暑でエアコンのないお堂でどうなることかと心配していました。数日前に台風がくることがわかりどうしようかと思っていました。11時から奉修したのですがお陰さまで扇風機を回すだけで十分しのげる暑さで、台風の影響の雨もまだ降らないうちに終えることができました。ありがたいことです。
江戸時代に信者さんたちの寄進で建立され、ずっとこの地でみんなを見守り続けてくださってるお不動さんです。今日ののありがたい天気に仏さんのご加護を感じて大変嬉しく思いました。
願わくは今近付いてきている台風の被害がありませんように。どうぞ、無事にこの台風が過ぎ去ってくれますように。
御嶽海が優勝しました。優勝のニュースと一緒に高校からの友人のお嬢さんの同級生と聞いて急に今日は相撲を観たりして。まったく知らないのになぜか親近感を感じてしまって、優勝インタビューを見ても「あら、かわいい」などと思ったり(笑)
にしても、優勝力士が沢山色々貰ってましたがあれは全部自分の物になるんですかね?貰って帰っても置き場に困らないかななんて思ってしまいました。
御嶽海さん、優勝おめでとうございます。これからも益々のご活躍を!
塾で小学生を教えている。先日ある子供が授業が終わった時に「はい。」と小さい紙をくれた。何かと思ったら可愛らしいThank youカードだった。そこには「算数 楽しい」「来週も楽しい問題だしてね」というメッセージが。すごく優秀な子で普通の子の半分の時間で課題が終わってしまう。なので特別にプリントを用意していってあげたのが嬉しかったようだ。こういう素直さを忘れずに大人になってほしいなと思う。
昔、若かりし頃、学校の授業で使う教材用ビデオを作る仕事をしたとき「わかりやすい良いビデオ作っていただきありがとう」という手紙をいただいたことがある。名門お嬢様学校の先生からだった。わざわざ褒めるお手紙を下さる、人を育てる教育者だ、流石だと思った。
嬉しい、楽しい、ありがとう、・・・そんな気持ちを伝えてもらうとこちらも嬉しく、楽しく、ありがたい気持ちになる。
「今日あなたが無為に過ごした一日は、昨日亡くなった人が切に生きたいと願った一日です。」
昨日、真言宗教津会、弘法大師様の教えを広めましょうというという会の『弘法大師誕生会』がありました。30名を越える僧侶が集まりお大師様の誕生を祝う法要が営まれました。
そこである僧侶がお話しされてたのが冒頭のことばです。どこかの仏教会の何年か前のコピーらしいのですが、その方は「これを聞いたときはっとしたんだよ。」とおっしゃってました。私もはっとしたのでここに記させていただきます。(多少言葉が違ってるかもしれません。ご容赦下さい。)
この数日新聞やワイドショーをにぎわしているアメリカンフットボールの悪質タックル事件、試合で悪質なタックルをし相手選手に怪我をさせたという事件、その当事者、怪我をさせた方の選手が記者会見を開いた。記者クラブでのきちんとした会見だった。名前と顔を出し自分の精一杯の謝罪の気持ちを現そうとする会見のようにみえた。この会見での彼の話が事実ならば、驚いたのは悪質行為をするに至る過程で名前が出ている監督以外にもコーチ、学生スタッフというこの事件に関与した人間がいるということだ。なんで誰も止められなかったのか。監督の指示がおかしいと誰一人思わなかったのか。いじめをみないふりする人たちと同じ嫌なにおいがしてやりきれない。
「20歳になったばかりなので特別な配慮で弁護士の同伴を認めました。」「アップばかりを撮らないようご配慮いただきたい。」記者クラブの人、弁護士が当人の会見に先立って話した言葉にはまだ子供であり未来ある青年でもある当人への心遣いを感じた。これが大人が子供に見せるべき態度だと思った。
『しゃばけシリーズ』の作者、畠中恵さんが『つくもがみ、遊ぼうよ』という作品の中で江戸の捨て子事情についてこんなことを書いている。「子は天が授けてくださった宝だからな。ちゃんと大きくなるまで、育てて貰えるさ。そして、だ。拾われた子はその内育ち、いずれ独り立ちして親となる。また幼い子が置き去りにされていたら、今度は己が拾って、育ててゆくのさ。大事に大事に、神様から託された命を養ってゆく。」社会全体、みんなで子供を育てていく。いつからそんな大事な事をこの国は見失ってしまったんだろう。どの子も自分の子供と同じ大事な子供なのに。
この事件の当事者になってしまった二人の選手の身体と心の傷が一日も早く癒えますように。