住職のつぶやき

新年

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

今年も例年通り年越しのお経をあげながら新年を迎え護摩を奉修しながら夜明けを迎えた。今年はとても気持ちをこめて護摩がたけたように思う。先代に代わって10年たってようやく慣れてきたのか・・・。護摩の後、本堂に残る香りが好きだ。この香りが残っている間にお参りに来てくれるといいのになどと思ったりする。二日は夫の実家に新年のご挨拶に。96歳になる母が一生懸命用意してくれた手料理をいただく。元気でいてくださって本当にありがたい。不出来な嫁は手伝いにも行かず、たいして美味しくもない通販のおせちを送ってうしろめたさに蓋をしている。三日は朝からテレビにかじりついて駅伝。甥、姪の母校である地元の東海大学を、妹の母校(明治)、従兄の母校(早稲田)、甥の母校(青学)を気にしつつ応援。東海大学が優勝して大変嬉しい。穏やかな三が日を過ごせたことに感謝。幸多き一年となりますように。

 

10年

先代、常善和尚が亡くなり私が三光寺の住職となってまる十年が経ちました。なんとかやってこられたのは仏様のご加護と何といってもお檀家の皆さま方のお力添えのお陰と深く感謝いたします。

不勉強でわからないことも多くくじけそうになっていると不思議なことにお檀家さんが遊びにきてバカっ話をして慰められたりしました。入院してこのまま寝たきりになってしまわれるかと思っていた高齢のお檀家さんが懸命のリハビリで動けるようになる様子には本当に励まされました。様々ご寄進くださった方、お地蔵さんのお帽子とよだれかけを無くなりそうになると届けてくださる方、折りあるごとにしきみを届けてくださる方、お墓に柄杓置きを作ってくださった方、・・・色々な方に支えられて10年がたちました。開宗1,200年記念行事のため本山から依頼された志納金も一回のお願いで目標額を集めることができました。心からお礼申し上げます。

これからも真摯につとめを果たしていく所存です。お力添え賜りますようよろしくお願いいたします。

歳末助け合い募金

今年も歳末助け合い募金を伊勢原市仏教会で行っている。午後の暖かい時間、2時間ほどのご奉仕だが例年と違って今年は苦ではない。いつもなら晴れて穏やかな日でもちょっと日が傾いてくるともう寒くてたまらない。なのでヒートテックを着込み、体にカイロを張り付けて防寒対策をしての参加だが今年は全く必要ない。すごく暖かいのだ。こんな年もあるんだ。自然は私たち人間の上をいく。ありがたい想定外に感謝。

足をとめてご喜捨くださった方々にも感謝。

お勉強

さて、必死で宿題とやらねばならないことを終わらせ一泊二日の家族旅行から引き続き本山に一泊二日の勉強会に行って来ました。なんせ大学はでているけど仏教とは無関係な分野でしたし、お坊さんとしての勉強はほとんどしていないので今ごろになってチャンスがあると勉強会に参加しているのです。子供の頃に『どろなわ』という言葉の意味を聞いて「そんなまぬけいるわけがない」と思ったのですが、よもや自分がそのまぬけになるとは・・・。

一日目は梵字の勉強。この宿題に追われていたのです。自分でもびっくりするくらい覚えられなくて若い頃にやれば良かったと思います。二日目がお大師さんの研究をなさってる先生の講義。これがとっても面白いのです。禍を払って福を招く、福祉の増進は真言密教の教えの心髄であるとか、高野山に僧庵を開くときに「悪しきものよ悉く去れ・・」と言って悪いものを払ったが今言ったらみんな居なくなっちゃうだろうなどという冗談を交えて話が進みます。仏教を勉強しないままお坊さんになったので改めてちゃんとお大師さんの教えやお話しを聞くと「真言宗で良かった~。」と思います。何も知らないまま組分け帽子をかぶらされてグリフィンドールに入った感じですかね。あっ、ご興味無いかとは思いますが家族旅行はユニバに行って来ました。

宿題

お盆も終わり8月も後半となった。お棚経に歩いていて子供がいると「宿題終わった?」「坊さんが来たから夏休みももうすぐ終わりだよ」と声をかけるのが先代の頃からのお約束。

そういう自分は毎年夏休みの終わりになってから慌てるタイプで、

高校の時は友人の宿題を丸写しだった。その友人にはいまだに頭があがらない。ちなみに宿題を人に写させる余裕のあった彼女は今では立派なお医者様になっている。一方、写させてもらった私は・・・。やるべき事をきちんとやらなければいけないと、この因果応報で学んだはずなのに、今、また、宿題が終わらなくて苦しんでいる。ブログなんて書いてないで宿題すればいいのに。やらなければいけないことがあると他の事をしたくなる。雀百まで踊り忘れず。

尾畠春夫さん

行方不明だった2歳児を発見したスーパーボランティア、尾畠春夫さん。65歳でこれからは人の為に生きようと仕事を辞め、以降78歳になる現在までボランティア活動を続けてられるという。そのボランティアも現地で一切もらわない、寝るところも、食べるものも自分で用意したもので賄うという徹底ぶり。凄いなぁ。テレビで尾畠さんが自宅でインタビューを受ける様子が流れた。彼の後ろに『南無大師遍照金剛』と手書きの短冊が貼られていた。一生懸命尽くす尾畠さんにお大師様もお力を貸されこの奇跡を起こされたのかと思うのは私が真言宗のお坊さんだからですね。理稀くん、見つけてもらえてよかったね。命を大事に一生懸命生きてください。願わくは尾畠さんのように人の為に行動できる人になってください。