住職のつぶやき

鞍馬山ハイキング

今年も残すところ1ヶ月となりました。

年々月日が経つのが早く感じられるようになっている気がします。一説によると時の経つ感覚は自分の生きてきた時間に相対するそうです。一年しか生きていない赤ん坊の一日は365分の1ですけど私の場合は分母がその60倍以上になるわけです。あっという間ですよね。

今回寺の用事で京都に行ったのですが中1日空いた為久々に妹と京都観光しました。鞍馬山にハイキングに行ってみました。叡山電車が紅葉のトンネルと呼ばれる所を通るというので楽しみに乗ったのですが、予想以上に短い区間でした。ふもとから鞍馬寺本坊までケーブルカーがあるのですが途中にお参りしたい神社もあり、足にあまり自信がないので(7月の富士登山以降全く歩いてません)悩みました。結果、ケーブルカーで1回登って歩いて下りながら神社をお参りしてもう一度ケーブルカーで登るという方法をとりました。本坊、奥の院を数々のパワースポットをお参りして義経が修行した鞍馬山を堪能しながら貴船神社にまわりました。貴船神社の中宮に祀られているのが磐長姫命です。大山の神様である大山津見命の娘で富士山の神様木花咲耶姫のお姉さんです。ににぎの尊が木花咲耶姫に結婚を申し込んだときお父さんが磐長姫も一緒に差し出したのに受け入れてもらえなかった、それで磐長姫は良縁を結ぶ縁結びの神としてここに留まったそうです。親心があだになった?なんだか切ない話です。天気予報では晴れ、曇り、だったのにポツポツ降り始めた雨は貴船神社の奥の院まですべてまわり終わった頃にはかなり強くなってきてました。歩くのはあきらめて貴船口駅まではバスに乗りました。大山の麓から来た私達が磐長姫にお父さんを思い出させたのかな、なんて思ったりしました。久々の素敵な京都観光でした。

SNS

今回、入院して改めて電子機器の発達は有難いと思いました。一々電話をかけに行かなくてもベッドの上から必要な連絡がとれるのです。コロナの影響で面会に制限があるので必要な事をその中で済ませるためにもとても便利でした。

私のかかりつけ病院では院長先生がLINEで対応してくれます。今回の入院騒ぎでも最初に連絡しました。緊急なのでこの時は電話でした。救急車を呼んだ方が良いですよと言われて、救急搬送即入院となったわけです。その後院長先生にLINEで何だったかを報告し、どこまで入院先で診てもらうのが良いのかとか入院中血圧が異常に高かったとかという相談をしました。「一週間血圧測って報告してください。」「特に心配無さそうですね。」などということもありました。本当に助かります。

入院していた病院に退院後初の診察にいったのですが、血液検査、後日行う検査の説明も含めて三時間半かかりました。ドクターとの会話は「こんなに高かった炎症反応も今は下がって普通です。もう普通の生活をして大丈夫ですよ。」「すみません。もう普通に生活してます。」「ですよね~。」LINEでいいんじゃねぇ?

ただ、かかりつけ病院の院長先生とのLINEのやり取りは診察となるのだろうか?私の入ってる保険は通院も適用されるのだけれど適用されるのだろうか?と新しいシステムは新しい謎も呼びます。

入院日記 4

入院時に言われた通り約一週間で退院となりました。

6日間絶食でした。最初の4日間はずっとウトウトしてました。獣は寝て治すんだなぁと自分も動物であることを再認識しました。

痛みも熱もなくなると暇です。緊急入院の為自分がするはずだった仕事を全て放り出してるので色々な方にご迷惑をおかけして申し訳ないのですが、なす術もなく暇でした。iPadを使ってディズニーのアニメ映画を4~5本見ました。アニメ映画と言えばディズニーという世代なので、満喫しました。今期のドラマも今までに無いほど見始めてしまいました。

退院して約一週間。お陰さまで体調も良く仕事も今まで通りにこなせています。

日々普通に過ごせる事の有り難さと、自分が急に動けなくなった時の対策をこうじておかないといけないと学びました。

入院日記 3

入院した部屋は四人部屋でした。無料の六人部屋は今は無いようです。みんなカーテンを引いてプライベート空間を作っています。だから同室の人の声は聞いても姿を見ることはあまりありませんでした。

そう、声は聞こえるのです。隣のオバサンはどうやら入退院を繰り返しているようで看護師さんたちとも顔見知りのようでした。主治医と思われる人が来て緩和ケア病棟へ移る話しとなりました。翌日には家族が来て必要書類を書くのにオバサンはそれすらできない状態のようでした。その翌日には病棟を移っていきました。あの「すみませ~ん」はナースコールを押せないほど具合が悪かったのかと思うと申し訳ない気持ちになりました。

熱も下がりお腹の痛みもなくなり食べない生活にも少し慣れたけど、血液検査の結果をみて「もう少し絶食ね」とドクターに言われガックリしていたら、斜め前のベッドのオバサンに看護師さんが「今日から食事ですよ。25日ぶりのお食事ですね。」と言ってるのが聞こえてきました。4、5日の絶食でピーピー言ってすみません。

退院前日には向かいのベッドに若いと思われる人が入ってきました。糖尿病のようで病気から引き起こされる様々なことの説明を受けていました。彼女はこれからの人生ずっと病気と付き合っていくのか。大変なことです。

私のスペースからは面会に来る若い男性との会話が漏れ聞こえていたと思います。葬儀を一人でやることになった弟子との会話が。「初七日は…」「火葬場が近いから…」「お経は…」「お別れの時…」……ごめんなさい。

 

入院日記 2

点滴に繋がれまだしくしく痛むお腹をかかえベッドに横たわっていると、うとうと寝ては目覚めを繰り返します。気のきく妹がテレビカードを差し入れてくれていたので、テレビの使い方を聞くと「明日の朝入れた方がいいので明日説明しますね。」と看護師さん。ここのテレビは見た時間ではなく日数でカウントされる方式でした。ちなみに翌日になっても看護師さんが説明に来てくれることはありませんでした。辺りを見回していたらテレビの使用説明書があり何とか使えました。Wi-Fi機能も兼ねているのは面白いと思いました。

入院した日も次の日も身体を拭くタオルが渡されませんでした。もしかしたら自分でシャワーを浴びないといけないのか?と思い看護師さんに聞くとシャワーはまだだめで身体を拭くタオルを貸してくれました。結局、シャワーは点滴が外れた退院前日まで使えず、それまでの間身体を拭くタオルも1日おきにしかくれませんでした。毎日お風呂に入りたい私はこれは絶食の次に辛かったです。

憩室炎という病気の為、炎症が治まるまで絶食となりました。食いしん坊の私には絶食はこたえました。テレビをつけるとやたらグルメ番組や食べ物のコマーシャルがやってます。好きな『DAIGOの台所』さえ見るのが辛い。絶対に食べ物が出てこない高校生向けの数学講座なんて見ちゃいました。サイン、コサイン、タンジェント~。驚くほど記憶にありませんでした。

となりのベッドのオバサンが(食事の内容が)毎回同じようなものばかりで食が進まないと看護師さんに訴えるのを聞きながら(食べられるならいいじゃん。ワガママだなぁ。)と思ったのでした。この隣のオバサンが時々「すみませ~ん」「すみませ~ん」と呼び掛けてくるのです。え?私に言ってる?私、何もしてあげられないし「ナースコール押しましょうか?」と言うと何も答える事なくナースコールを押しました。その後も何回かこのような事がありました。ナースコール押したつもりで話しているのか、認知症?すぐにこの謎は解けることとなりました。

続く

 

入院日記 1

京都から戻った翌日、アルバイトの塾に行く準備をしているとなんだかしくしくお腹が痛い。いつもの持病の癪でも無さそう。アルバイトを休む連絡を入れ、かかりつけ医に電話。救急車を呼んだ方がいいと言われ救急車を呼んだ。前回みたいに到着した頃には痛みが収まるんじゃないかなと思いつつ玄関に横たわり待機。前回の救急搬送騒動の話しをする時に「妹に、(家がちらかっていてみっもないので)這ってでも玄関まで行って待て、と言われて…」と散々笑い話にしたので今回は妹は無言でした。

残念なことに今回は笑い話にならずそのまま緊急入院、約一週間の入院生活となりました。めったに乗れない救急車の記憶もほとんどないのでかなり痛かったんですね。

実はちょっと前につぶやいた疎遠になってたあの叔母がその後急逝してお葬式の知らせが来てました。生前の事を考えるとお葬式に出るのもためらいがありました。他の親戚もほとんど出ないし。でも、お坊さんがそんなことではいけない、という葛藤の末出るつもりでいたんです。それがこうなって。仏様から無理しなくていいよと言われた気がします。それにしても、京都でのお勤めが無事終わって、アルバイトにも出かけてしまう前、家で具合が悪くなってよかったなぁと思います。

さて、金曜日の午後に入院して、点滴に繋がれる日々が始まりました。今は便利です。パジャマ、バスタオル、ハンドタオルのセットが1日550円です。汚れたら直ぐに取り替えられます。リンスインシャンプー、ボディソープ、歯磨きセットがついてきます。寺の法務も色々入っていて忙しい事からこれを利用することにしました。テレビはカード式。これにはWi-Fi使用も含まれています。で、これらの詳しい説明は夫にされたのかとりあえず私にはされませんでした。なんだか色々なことが説明されないまま入院生活が始まったのです。