高校の同級生達と尾瀬にハイキング旅行に行くという話がもちあがり、「行きます!」と参加表明したものの(果たして自分はそんなに歩けるのか?)と不安になり、試しに大山に登ってみました。
朝7時に出発。細い道をクネクネ歩き大山街道の石倉橋辺りに着いたところでトイレに行きたくなりました。おっ!うちの不動堂がすぐそこではないかと一瞬喜び、次の瞬間鍵を持っていない事に愕然とし、どこかにトイレはないか必死に記憶を辿る旅となりました。
無いんです。公衆便所はもちろんコンビニも。何か無かったっけ?JAは?まだ8時前だ!郵便局、明かりが点いてる、人がいる、ドンドン叩いて開けてもらう?いや、そこまではできない。大山に住んでる友達誰だっけ?(私が通った中学の学区は日向薬師、大山、善波峠まで含でいた。)ろくでなしの私には家を知ってるような友達は思い出せなかった。市営駐車場まで行けば助かると思った矢先「トイレあったぞ」同行していた夫の指差す先には『みんなのトイレ』と書かれた小さい建物が。大人としての面目が保たれました。
トイレから出てくるとお店のおじさんが開店準備をしていました。(おぉ、ここは最近はやりの行列ができるかき氷屋さんではないか)ということに気づき「今日は何時まで営業してますか?」「4時までだけど無くなると早じまいしちゃいます」「わかりました」という会話をして再び山頂を目指したのでした。
この日は朝からすでに暑く川に沿った道になると時折吹く川面を渡る風が心地よく、コマ参道では大山は1251メートルなんて豆知識を得ながらケーブルカーの駅へ。登りだけはケーブルに乗ろうと片道切符を買ったのでした。下社でお参りをして登山道入り口でお清めをして登山の無事を祈って登り始めました。登り始めると○○町目という石の杭があり、「何町目まであるんだろう?」というと夫が「10町目じゃないか?」というのでその気になって「あらずいぶん楽なもんじゃない」と思っていたら10どころではありません。20過ぎても頂上には着きませんでした。最初気楽に飛ばしたせいか山頂に到着したときは結構へろへろでした。それでも奥の院にお参りをしておむすびを食べて下山を始めました。これだけ歩けたら大丈夫かななどと思いながら。同じ道を帰るのはつまらないので見晴台経由で帰ることにしました。今まで上ったときは日向に降りていたので下社にまた戻るのは初めてでした。見晴台への道は整備されていて微妙な階段でした。驚いたことにこれがうまく降りられないのです。若い人たちが前向きに普通にスタスタ階段を降りていくのに段差がちょっと大きいと体を横にして一段一段よっこらせと降りる。しんどいしんどい。若い頃は何十㎏もの機材を担いで山歩きをしていた夫も足が痛いと休み休み降りています。二人して「なんとか降りるしかない。」「降りたらかき氷食べよう。」「本当にこの道であってる?」と励まし合い、後から来る人たちに先を譲り、少しずつ進みました。頂上の案内板には見晴らし台1.6㎞とあったのになかなか着かない。ようやくたどり着いた見晴台には山頂2.2㎞の案内が。???見晴台から下社までの距離が1.5kmだったのが0.9kmになっていたのでもうどうでもいいわと少し休んで下り始めました。0.9kmが遠い遠い。かき氷に間に合うのか?下社どこ?家族連れやらおじさん、おばさん、白人のイケメンお兄さん、上半身裸の白人のマッチョなお兄さんいろんな人に追い越されながらよろよろ老夫婦で降りてきました。15時ようやく下社に到着。もちろんケーブルカーに乗りました。往復チケットにしとけば良かったと思いながら。もう階段は手すりを使わずには降りられない状態でした。もちろんモータープールまで妹に迎えに来てもらいました。「かき氷食べて帰ろう」というとすごく混んでいて車が並んでたからお店に捨ててあげる。食べ終わったら電話して。とお店に捨ててくれました。滑り込み最後のお客さんとしてリストに名前を書き、1時間待ってかき氷を食べて、また迎えに来てもらって帰りました。
黒蜜きな粉ミルク1,000円
意識して足を鍛えないといけない年になったことを実感する大山登山となりました。あれから三日たってもアヒルのような歩き方をしているのは言うまでもありません。
夏も終わろうとしています。9月のカレンダーを見てびっくり。ほとんど法事がありません。「三光寺はもうダメかもしれない」と副住職に言うと「何年か前にも言ってたよね」と冷静な返事。そうなんです。たま~にそういう月があるのです。緊急事態宣言の影響もあるのかもしれません。
さて、皆さんが仏さんにあげてくださったお供物(お菓子など)ですが、法事や何かで寺にお見えになった方のお茶菓子としてお出ししたり、お世話になった方へお礼にお渡ししたり、もちろん私たち寺族のおやつとしていただいたりもしております。今回は法事の予定がほとんど無い9月を前に、お菓子の賞味期限や量を考えたときに寺だけで消費しきるのは難しいという結論になりました。うちのご本尊様はお地蔵様です。ご存じのようお地蔵様は子供たちの味方です。そこで子供たちに食べてもらったら仏さんもお喜びになるだろうと児童養護施設に寄付させていただきました。節約できたおやつ代で子供たちが必要な何かを買ってもらえたらなお嬉しいと思います。
お寺が御供物を子ども食堂などに寄付する話を聞いて「俺たちは寺がいらないものをあげているのか」と怒った人がいるという話を他のお寺さんから聞いたことがあります。そうでは無いんです、と言うことをおわかりいただけば幸いです。
あんなに頭の良い人が中学生みたいな発言を堂々とすることに驚きました。ホームレスよりネコを助けろ、自分が払う税金が生活保護に使われるのは嫌だ、っていうようなことをYouTubeで発信して大騒ぎになってるわけです。
ふと、私が以前に書いた生活保護でアルコール依存症の話は誤解されるとヤバいと思いとりあえず意図を説明しておこうと思います。私は生活保護をするならきちんと保護して欲しいと思うのです。アルコール依存症で飲酒、入院を繰り返す人に医療費を出すのではなく飲めなくなるように施設に保護するとか、税金を使うからには考えて欲しいと思っているのです。DaiGoと同じ考えの坊さんがいるなんて取り上げられたらまずいのでちょっと追加説明しました。
「強い人は弱い人を守るために強く生まれて来たんだよ」って誰も彼に教えなかったんでしょうね。今の彼の成功は彼自身の力だけではないということをわからないんでしょうね。あんなに頭がいいのに。
緊急事態宣言が出たため例年の棚経をやめ寺での供養としました。緊急事態宣言が出ているので「寺でお経をあげるから来てくださいね」と言うわけにもいかず、副住職と二人で14日と15日お経をあげました。13日は予定通り新盆に家をまわりました。住職がウイルス運んでまわったと言われないようにできるだけ注意したつもりです。
15日はお経をあげていると防災無線から避難勧告が。無事でよかったです。
お盆の昼間に家でテレビを見ていることなど何十年もした記憶がなく、戦争関連の番組が多い事を知りました。
こんなに雨が降ったお盆も記憶にありません。被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
来年は普通にお棚経にまわれる普通のお盆が迎えられますように。
開会式どうでした?ドローンを使って東京の夜空に地球を描いた風景は凄く印象的でした。ピクトグラムの体現も面白かったですね。欽ちゃんの仮装大賞思い出しました。歌舞伎は使わないのかなと思ってたらやっぱり出ましたねぇ。聖火リレー、長島さん頑張ってられて感無量でした。聖火台は近未来的でアニメに出てくるトランスフォームするロボットを思わせました。大坂なおみさん、体調を快復して頑張って欲しいです。
なんでこの状況で開催するのか、開催する意味がわからないなど色々言われながらのオリンピック開催。でも、入場するアスリート達を見ているとやって良かったんじゃないかと思います。彼らの夢、その夢を掴むため凄絶な努力を重ねてきたアスリート達。池江璃花子さんが病後初めて泳ぐ姿は痩せ細り痛々しいほどでした。そこからオリンピック出場を叶えるまでどれだけの努力をしたのでしょう。他の選手達も同じでしょう。モスクワオリンピックのように彼らの夢を奪うのはあってはならないこと。無事にオリンピックが終わりますように。
30日女子サッカーの準々決勝のチケットが当たってたんです。家族みんなでオリンピックを見に行くという思い出を作りたかったなぁ。
伊勢原市からのお知らせを読み間違えてずっと予約できないと思っていたら12日から始まっていたみたいで、8月の末しか取れない状況でした。塾が職域接種をすると言ってたので会場が遠いけどそっちでいいやと思っていたらうまく進んでないようす。あらまぁ、と思っていたら姪が勤め先の職域接種が家族も対象とのこと。でも希望者が多いと受けられません。希望接種日前日の夜まで確定しなかったのですがお陰様で希望した今日、第一回のワクチン接種を受けられました。モデルナのワクチンです。接種後15分ほど会場で様子を見るのですが看護師さんが、容態が悪くなっている人はいないかすごく気を配っていました。うつむいて寝てた人が「大丈夫ですか?」と声をかけられ驚く様子に笑ってしまいました。気が小さいものですから何か息苦しいような気がするとか思いながら帰宅しました。帰宅後しばらくして熱っぽいと思ったら37.1℃。このまま熱が上がるといけないと知らされていた解熱鎮痛剤を購入しました。でも、熱も平熱になり接種した部分が痛むぐらいでオリンピックの開会式が始まるのを待ちながらこれを書いてます。忘れられないオリンピックになるんでしょうね。